管理組合の訴訟と理事長の原告・被告適格(規約と総会決議の関係)
マンションの管理で裁判になる場面は、管理費の滞納、規約違反の差止め、保険金や損害賠償金の請求などです。このとき「誰が原告や被告になれるのか」という問いが出ます。訴訟を起こす、または訴えられる資格を、法律の言葉で原告適格、被告適格といいます。結論から言うと、理事長が管理組合のために当事者になれるのは、規約か総会の決議にその根拠があるときです。このコーナーの「ルール違反への対応」の記事は勧告から競売までの段階を扱っています。ここでは、誰が当事者になり、その前に誰の決議が要るのかを、条文の並び方に沿って整理します。なお、各マンションの規約は標準管理規約と違うことがあるので、自分の規約の該当条を並べて読んでください。
出発点は、理事長の位置づけです。標準管理規約(単棟型、令和7年10月17日改正)第38条第2項は、理事長を区分所有法に定める「管理者」とすると定めています。管理者の権限を定める区分所有法第26条のうち、訴訟に関わるのが第4項です。管理者は、規約または集会の決議により、その職務に関し、区分所有者のために原告または被告となることができる、とあります。理事長が管理者だという事実だけでは、訴訟の当事者になれません。規約か総会の決議で、訴訟の権限をあらかじめ、または個別に与えておく必要があります。理事長の職務全般は「理事長の職務と副理事長」の記事で扱っています。
標準管理規約は、この根拠を条文ごとに用意しています。理事長が原告や被告になる場面として、本文には三つの条が出てきます。一つ目は第24条の2第2項で、損害保険の保険金や、共用部分で生じた損害賠償金、不当利得による返還金の請求と受領に関する訴訟です。二つ目は第60条第4項で、未納の管理費等や使用料の請求に関する訴訟その他の法的措置です。三つ目は第67条第3項で、規約や使用細則の違反、または敷地や共用部分での不法行為に対する、差止め、排除、原状回復の請求です。三つとも、理事長が理事会の決議を経て進める形で、理事会の議決事項として第54条第1項第六号に並んでいます。つまり、この三つの訴訟は、総会を開かなくても理事会の決議で動かせます。
理事会の決議だけでは足りない訴訟もあります。区分所有法第57条から第60条までの請求です。第57条第1項は、共同の利益に反する行為の停止や結果の除去、予防措置を求める請求を、他の区分所有者の全員または管理組合法人の権利として定めています。管理者は、集会の決議があれば、他の区分所有者の全員のために訴えを起こせます(同条第3項)。この訴訟を起こすには集会の決議が必要です(同条第2項)。標準管理規約はこれを受けて、第48条第十一号で、第57条第2項の訴えの提起と、これらの訴えを提起すべき者の選任を、総会の決議事項にしています。同じ内容でも、規約違反を理由に第67条第3項で進めるときは理事会の決議、法律の第57条で進めるときは総会の決議、という二つの入口がある点に注意が必要です。どちらの入口を使うかは、事案ごとに専門家と確かめることになります。
使用禁止、競売、引渡しの請求(第58条から第60条)は、さらに重くなります。第58条第1項は、他の区分所有者の全員または管理組合法人が、集会の決議にもとづき訴えを起こすと定めています。決議は、区分所有者の過半数で議決権の過半数を持つ人が出席し、出席した区分所有者とその議決権の各4分の3以上で行います(同条第2項)。決議の前に、相手に弁明の機会を与えることも必要です(同条第3項)。第59条第2項と第60条第2項は、この決議の要件と弁明の機会を準用しています。同じく、管理者や指定された区分所有者が訴えを起こせる点も準用されています。標準管理規約は、第47条第3項第四号でこれらの訴えの提起を特別決議の事項とし、同条第11項で弁明の機会を定めています。
訴訟が始まったあとにも、理事長の義務があります。区分所有法第26条第5項は、管理者が規約によって職務に関し原告または被告になったときは、遅滞なく区分所有者に通知しなければならないと定めています。標準管理規約はこれに対応して、第67条第6項で、理事長が区分所有者のために原告または被告になったときの通知を定めています。保険金等の訴訟にも、第24条の2第8項に同じ通知の定めがあります。通知の方法は、第43条第2項と第3項を準用します。規約の条文と、総会や理事会の議事録、通知文書の控えをそろえておくと、あとで当事者の資格が問われたときに根拠を示しやすくなります。議事録の扱いは「管理組合の書類の保管と閲覧」の記事を参照してください。
理事長が相手方になりうる場面も、条文は想定しています。標準管理規約第38条第6項は、管理組合と理事長との利益が相反する事項について、理事長は代表権を持たず、監事または理事長以外の理事が管理組合を代表すると定めています。たとえば理事長個人と管理組合の間で争いが生じたときに、理事長が管理組合を代表して判断することを避ける規定です。どの争いが利益相反にあたるかは具体的な事情によるため、条文だけでは決められません。また、第68条は、管理組合と組合員の間の訴訟について、対象物件の所在地を管轄する地方(簡易)裁判所を第一審の管轄裁判所とする合意管轄を定めています。第2項は、第48条第十一号、第60条第4項、第67条第3項に関する訴訟にも同じ扱いを及ぼすとしています。
整理すると、手順は三つに分けて考えられます。まず、その訴訟を進める根拠が、規約のどの条にあるか、または総会の決議が必要かを確認します。次に、必要な決議の種類と割合、弁明の機会を確認します。最後に、提訴後に区分所有者へ通知します。この順序を飛ばして理事長が単独で動くと、その訴訟に必要な根拠がそろわないおそれがあります。滞納管理費の回収については「管理費と修繕積立金」の記事で、管理組合法人になった場合の扱いは「管理組合の法人化」の記事で扱っています。個別の事案が条文の要件にあたるかどうかは、弁護士などの専門家に確かめてください。
- 理事長は区分所有法の管理者(標準管理規約第38条第2項)。管理者が原告・被告になれるのは規約か集会の決議があるとき(区分所有法第26条第4項)
- 規約が根拠になる訴訟:保険金等の請求(第24条の2第2項)、滞納管理費等の請求(第60条第4項)、差止め・排除・原状回復(第67条第3項)。いずれも理事会の決議事項(第54条第1項第六号)
- 区分所有法第57条第2項の訴えは集会の決議が必要。規約は訴えの提起と提起すべき者の選任を総会の決議事項とする(第48条第十一号)
- 使用禁止・競売・引渡しの訴え:出席者とその議決権の各4分の3以上と弁明の機会(区分所有法第58条第2項・第3項、第59条第2項、第60条第2項。標準管理規約第47条第3項第四号、第11項)
- 提訴後の通知:規約により原告・被告となったら遅滞なく区分所有者に通知(区分所有法第26条第5項。標準管理規約第67条第6項、第24条の2第8項)
- 理事長と管理組合の利益が相反する事項では、理事長に代表権がなく、監事か他の理事が代表(標準管理規約第38条第6項)
出典:国土交通省 マンション標準管理規約(単棟型)及び同コメント(令和7年10月17日改正)/e-Gov法令検索 建物の区分所有等に関する法律(令和8年4月1日施行版)