泉州しらべver0.91

歴史と文化 2026/10/24 掲載

だんじりと街道、国の文化財

岸和田市貝塚市泉佐野市熊取町泉南市阪南市

岸和田のだんじり祭、貝塚のだんじり、阪南のやぐら。泉州の秋祭りは、もとは同じ流れでも市町ごとに形と日取りが違います。熊野街道・紀州街道の道筋と、日根荘遺跡・海会寺跡などの国の文化財もあわせて、市町と国・府の公式資料からまとめます。

岸和田市の市制施行100周年記念誌のページによると、岸和田だんじり祭は元禄16年(1703年)、第3代藩主の岡部長泰が三の丸神社に伏見稲荷を招き、城下の人々に参拝を許したのが始まりとされています。1700年代半ば以降に「引壇尻」などの言葉が記録に出てきて、天明6年(1786年)には屋根の高さを上げ下げできる「からくり地車」が作られました。これが今の岸和田型地車のもとと考えられています。

今の地車は300を超える部材を組んだもので、高さも長さも4メートル弱、重さは約4トンあります。曳き手は子どもから青年団まで数百人で、後梃子には約30人が付きます。祭りは市内8地区が2つの時期に分かれて行い、9月祭礼は岸和田地区22町と春木地区12町、10月祭礼は八木地区11町、東岸和田地区11町、山直地区8町、南掃守地区8町、山直南地区5町、山滝地区2町で、合わせて79町です。

貝塚市の説明では、だんじりは18世紀半ば以降に岸和田の城下町から周りの村々へ広まり、岸和田藩の領地だった今の貝塚市域にも伝わりました。1952年より前は、脇浜・王子が9月22日、久保が9月25日、森が10月15日と、地域ごとに祭りの日が違いました。1952年に市全体の秋祭りとして10月4日・5日にそろえ、1980年に10月9日・10日へ移し、今は体育の日(スポーツの日)の直前の土日に行っています。

さらに南の阪南市では、だんじりに代わって「やぐら」が祭りの中心になります。市の説明では、各地区のやぐらが波太神社の拝殿前の石段を一気に駆け上がる「宮入り」が最大の見どころで、日取りは毎年10月のスポーツの日とその前日です。その前の週の日曜日には市役所のまわりで「やぐらパレード」があります。岸和田・貝塚・阪南の3市を比べると、祭りの時期は9月から10月、曳くものはだんじりからやぐらへと、南へ行くほど変わっていくことが読み取れます。

大阪府は熊野街道を、府内8つの「歴史街道」のひとつにしています。天満橋・八軒家から阿倍野・堺・和泉を通って和歌山へ向かう道で、府のウォーキングマップ(2005年度作成)は久米田駅から泉佐野駅、泉佐野駅から山中渓駅、山中渓駅から和歌山県側へと区間を分けています。阪南市の山中渓について府は、熊野詣でで栄えた熊野街道が通り、紀州徳川家が参勤交代に使ったため「紀州街道」とも呼ばれたと説明しています。街道沿いには、当時の面影を残す建物が今も点々と残っています。

国の史跡では、泉佐野市の日根荘遺跡が代表です。文化庁の日本遺産ポータルサイトによると、日根荘は天福2年(1234年)に九条家が開いた荘園で、当時のようすを伝える『旅引付』や2枚の絵図が残っています。寺社やため池などの景色も今に残り、そのうち16か所が国史跡に指定されています。泉南市の海会寺跡は1987年12月25日に国史跡に指定された古代寺院の跡です。発掘の成果をもとに金堂・塔・講堂などの土台を復元した広場になっており、塔の基壇は高さ約2メートルあります。

熊取町では、文化遺産オンライン(文化庁)に中家住宅、降井家書院、来迎寺本堂が国の重要文化財として載っています。中家住宅は江戸時代初めの豪農の家で、近畿地方でも指折りの古い住宅とされています。府が奈良時代とする海会寺跡、1234年に始まる日根荘の遺跡、江戸初めの中家住宅と、8市町の内陸部には時代の違う文化財が近い距離にまとまっています。

要点

出典:岸和田市 市制施行100周年記念誌 岸和田とまつり/貝塚市 だんじりの歴史(2020年4月16日更新)/阪南市 秋祭り/大阪府 歴史街道ウォーキングマップ(2025年9月11日更新)/大阪府 ビュースポットおおさか 旧街道のまちなみを眺める山中渓旧街道(2024年9月26日更新)/文化庁 日本遺産ポータルサイト 日根荘遺跡(16ヶ所)/大阪府 史跡海会寺跡広場(2023年3月31日更新)/文化遺産オンライン(文化庁) 大阪府・熊取町の文化財

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