産業と仕事 2026/11/04 掲載
泉州タオルの産地:発祥の地と組合員数・生産量の移り変わり
日本のタオル産業は1887年に泉佐野で始まりました。大阪タオル工業組合の統計では、組合員数は1983年の694社から2019年の83社へ、生産数量は1990年の4万731トンから7,503トンへ減っています。
泉州タオルの起こりを、大阪タオル工業組合の沿革ページは次のように伝えています。明治18年(1885年)、大阪で舶来雑貨を商っていた新井末吉がドイツ製のタオルを手に入れ、泉佐野の白木綿業者だった里井圓治郎に織る研究を勧めました。里井は明治20年(1887年)に、筬の特殊な動き(テリーモーション)で輪奈と呼ばれるパイルを作る打出機を考案し、タオルの製織に成功します。織り上がった生地を晒して仕上げたため、これが日本初の後晒タオルになりました。組合はこの泉佐野市を、日本のタオル産業の発祥の地としています。
産地の同業者組織は、この発明から約20年後に形になりました。同じ沿革ページによると、明治39年(1906年)にタオル同業者25名が集まって佐野タオル共同会をつくり、初代会長は里井でした。昭和3年(1928年)には75名の同意を得て佐野タオル工業組合が設立認可を受けます。戦後の昭和27年(1952年)にタオルが特定中小企業の安定に関する臨時措置法の指定業種になると、大阪地区264名の同意で大阪タオル調整組合が認可され、昭和33年(1958年)3月の総会で現在の大阪タオル工業組合に改称されました。
産地の範囲は、行政と組合が組んだ振興組織から読み取れます。大阪タオル振興協議会は昭和52年(1977年)に設立され、組合のページには関係市町として泉佐野市、熊取町、泉南市が挙がっています。商工会議所、商工会、泉佐野技術センターなども加わる組織です。平成元年(1989年)には、同協議会が市民と一体となって地域活性化を目指す「タオル王国OSAKA」を設け、産地マークとして商標登録もしています。8市町のうち、組合のページで産地の関係市町とされているのはこの3市町です。残る5市町の事業所の有無は確かめられていません。
組合の統計ページには、組合員数と生産数量の年次表があります。組合員数は昭和35年(1960年)の289社から増え、昭和55年(1980年)に679社、昭和58年(1983年)に694社でピークを迎えました。その後は減り続け、平成2年(1990年)に442社、平成12年(2000年)に200社、平成22年(2010年)に103社、表の最後の令和元年(2019年)には83社になっています。ピーク時の約8分の1です。なお、同ページが載せる最新の年は2019年で、それ以降の数字はこの表からは得られません。
生産数量も同じ向きに動いています。昭和35年に5,368トンだった生産は、昭和55年に36,586トン、平成2年に40,731トンで最大になりました。平成12年には18,614トン、平成22年には8,845トン、令和元年には7,503トンです。平成2年から令和元年までに、組合員数は約19%(442社から83社)、生産数量は約18%(40,731トンから7,503トン)まで縮んでいます。組合員1社あたりの生産数量を割り算で出すと、平成2年は約92トン、令和元年は約90トンで、ほぼ同じ水準です。組合の注記によれば、生産数量は後晒の加工量から推定した値です。
同じページの「全国」欄には、タオルの輸入・輸出数量(タオルケットを除く)が載っています。輸入は昭和60年(1985年)の9,458トンから増え、平成12年に63,661トン、平成17年に84,567トンで最大になり、平成30年(2018年)は72,873トンでした。輸出は平成30年で171トンです。平成6年(1994年)の輸入39,528トンは、同年の産地の生産数量33,076トンを上回り、以後は輸入のほうが多い状態が続きます。平成30年の輸入は産地の生産数量8,114トンの約9倍にあたります。ただし輸入は全国の数字、生産は組合の推計なので、規模の目安にとどまります。
産地が守ってきた特徴は、織ったあとに晒す後晒の製法です。組合のページによれば、綿糸は織りやすくするために糊やロウで強くしてあるため、織り上がったままの生地は水をはじきます。後晒では織ったあとに晒しの工程を入れて糊を洗い流すので、吸水性が高くなり、汚れも落ちると説明されています。一方、確かめられなかったこともあります。タオルの出荷額と、市町ごとの事業所数は組合の統計ページに載っておらず、経済産業省の工業統計や経済センサスでタオル製造業に絞った数字は今回確認していません。この2点は、この記事では書いていません。
要点
- 1887年(明治20年)、泉佐野の里井圓治郎が打出機を考案し、日本初の後晒タオルが生まれた(大阪タオル工業組合)
- 組合員数のピークは1983年の694社。2019年は83社(組合の統計ページ掲載の最新年)
- 生産数量のピークは1990年の40,731トン。2019年は7,503トンで約18%(後晒加工量からの組合推定)
- 組合員1社あたりの生産数量は、1990年約92トン、2019年約90トン(上の数字から割り算した値)
- 全国のタオル輸入は2018年に72,873トン。産地の生産数量8,114トンの約9倍(集計の範囲が違う目安)
- 産地の振興協議会の関係市町は泉佐野市・熊取町・泉南市。出荷額と市町別の事業所数は確認できず記載せず
出典:大阪タオル工業組合 大阪タオルの歴史/大阪タオル工業組合 統計データ(組合員数・生産数量・輸出入数量、2019年まで)/大阪タオル工業組合 タオル王国OSAKA(大阪タオル振興協議会)/大阪タオル工業組合 泉州タオルの特徴(後晒タオル)/泉佐野市観光サイト 泉州タオル